「二日後、イエスはそこを出発して、ガリラヤへ行かれた。
イエスは自ら、『預言者は自分の故郷では敬われないものだ』とはっきり言われたことがある。
ガリラヤにお着きになると、ガリラヤの人たちはイエスを歓迎した。彼らも祭りに行ったので、そのときエルサレムでイエスがなさったことをすべて、見ていたからである。」
(ヨハネによる福音書 4:43-45)
イエスは、「預言者は自分の故郷では敬われない」 と語られました。
ガリラヤはイエスの故郷とも言える地域でしたが、人々はイエスをただの「ヨセフの息子」としてしか見ておらず、彼の本質を理解しようとはしませんでした(マタイ13:53-58, ルカ4:16-30)。
これは、私たちが「知っているつもり」のものに対して、真の価値を見落としてしまう危険性 を示唆しています。
📌 「私たちは、神の言葉を本当に敬っているだろうか?」
📌 「慣れ親しんでいるからこそ、信仰を軽んじてしまっていないか?」
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一見すると、「ガリラヤの人々はイエスを歓迎した」とあり、先ほどの「故郷で敬われない」という言葉とは矛盾するように見えます。
しかし、彼らがイエスを歓迎した理由は、イエスの教えや御言葉への信仰ではなく、「エルサレムでのしるしや奇跡を見たから」 だったのです(ヨハネ4:45)。
彼らはイエスの教えを心から受け入れたのではなく、目に見える奇跡に惹かれたに過ぎませんでした。